アメリカ獣医内科専門医による院内セミナーレポート2023

2023年10月31日

こんにちは。院長の石川です。

大学時代の親友でもある、アメリカ獣医内科専門医 佐藤雅彦先生による院内セミナーが2023年1月から3ヶ月に1回開催され、早いもので今年の4回のシリーズが終了しました。今年行ったセミナーテーマは、

・2023年1月 「再発する細菌性膀胱炎への対応」
時々犬の繰り返す細菌性膀胱炎に出会います。闇雲に抗生剤を使用するのではなく、原因を見据えた検査と治療を学びました。また、猫の繰り返す膀胱炎に関しても解釈とレクチャーがありました。

・2023年4月 「貧血・好中球減少・血小板減少症」
犬と猫で貧血に遭遇した場合の論理的な診断と診断と、最新の治療の流れを中心にまとめました。

・2023年7月 「犬の蛋白喪失性腸症」
治らない下痢に関する診断法を中心に学びました。特に低タンパク・低アルブミン血症を引き起こすタンパク喪失性腸症の最新の診断・治療についてアップデートしました。

・2023年10月 「犬と猫の慢性腎臓病の診断と管理 2023」
長生きをすると罹患することが多い慢性腎臓病についての最新の維持管理法などについてアップデートしました。これまで常識とされていたことが修正されていたりと、より一層質の高い管理を目指すことができそうです。

以上の4つのテーマです。

世界の最新の知見をレクチャーしてくれます。
「今まで当たり前に使っていた薬がもはや意味がないとわかった・・・」
なんて事例が1つや2つではなく、たくさんあります。

当院を受診されている方でも、同じ症状に対する薬が以前とは違う組み合わせで出されていることに気づいている方もいらっしゃるようです。

当院を新たに受診された方は以前かかっていた動物病院と検査や治療が違うと感じる方もいらっしゃると思います。
でも安心してください。当院の治療は常に獣医療の最先端の情報に基づくようにしています。それと同時に、ただ新しければいいというわけではないことも感じていて、新しい情報でも信頼性と費用対効果、そして継続性を吟味して、飼い主の皆様、そして動物たちに届けるようにしています。

即座に診断できない場合も後で内科専門医のアドバイスを得ながら診断治療に結びつけます。

 

さて、院長のブログ楽しみにしていますというお声も頂きますので、個人的なことも書きます。ここからは興味のある方のみどうぞ。

最近の私の流行りですが、「減量&運動」です。

ペットと飼い主さんに、「肥満ですよ! フード量のコントロールをすればいいんです!」なんて偉そうなことを話していながら食事制限と無縁だったこれまでの私。
とりあえず自分を実験台にしてみよう!とふと思い立ち、9月に食事制限をして4.5kgほど減量。
体重を減らすのは、「1日の摂取カロリーを決める。そして体重が減る。」という単純なルーティーンで、体重の減少という数値目標が明確なので、比較的スムーズでした。
あとは食べることにそれほど興味がないという自分の性質が幸いしました。
ただ、体重が減ると数値目標が無くなってしまうことに気づきました。

「よし、走ろう!」
これが次の発想で、10月から人生初の本格的なランニングを始めてみました。
とりあえず持っていたテニスシューズで走ってみたところ、とにかく足が痛くなる痛くなる。学生の頃にはなかった感覚。
これはランニングシューズなるものが必要では!と思い立ち、プライムツリーの靴屋さんに突撃。
「ランニング始めたいので何か靴欲しいです。」と少しモジモジしながら店員さんにお願いして、見事ランニングシューズをゲットしました。

そこからは、
走る →筋肉痛 →走る →ふくらはぎ痛 →走る →太もも痛 →走る →足首痛 →・・・(無限ループ)

走るだけでこんなに体が痛くなるんですね。ビックリしました。遠い学生時代が懐かしい・・・いや、待てよ。よく考えると競技でテニスをやっていた時は常に絶望的な肩痛と腰痛に苦しんでいたんだった(苦笑)

走り始めておよそ1ヶ月が経ち、10kmほどはだいぶ楽に走れるようになりました。
そしてここからは数値目標を設定して、スピードを上げていきたいと思います。

<まとめ>
『食事制限をして痩せる』という実体験をすることで、痩せさせられない飼い主さんの気持ちを想像することができました。
「だって欲しがるんです。。。」 確かに!

FIP(猫伝染性腹膜炎)の治療法 -モルヌピラビルという選択肢-

2023年08月03日

今回は新しい猫伝染性腹膜炎(FIP)の治療薬として選択肢にあがってきたモルヌピラビルについて書きます。

要点を最初に書きますと、
・飲み薬(粉)を3ヶ月くらい飲み続ける
・これまでの治療法に比べてものすごく安価(1〜2割程度)
・人のコロナウイルス治療薬で猫に長期に飲ませて問題がないかは不明。また薬を扱う飼い主への影響も不明。
・他に良好な治療成績が蓄積された治療法がある。ただしそれはモルヌピラビルよりもだいぶ高額。

では、興味のある方は読んでみてください。

はじめに
猫伝染性腹膜炎(以下FIP)はFIPウイルスによる猫の感染症です。一度発症してしまうと助けることが非常に難しい病気(以前は致死率ほぼ100%と言われていました)と言われています。そして残念なことに、FIPの治療を目的とした動物用医薬品として承認されているものは現時点で存在しません。しかしこの病気を克服するために効果が報告されているものもあります。今回はその中の一つ、比較的新しい薬であるモルヌピラビルについて少しお話しします。

猫伝染性腹膜炎(FIP)とは
FIPウイルスは猫腸コロナウイルスと呼ばれるウイルスの変異によって生じます。この猫腸コロナウイルス自体は猫にとって珍しいものではなく、感染しても無症状あるいは軽度の消化器症状のみの場合が多いですが、これがFIPウイルスに変異して発症すると猫に様々な症状を引き起こし致死性の感染症となりうるのです。

症状は?
一般的に抗菌薬に反応しない発熱や、元気消失、食欲不振などが見られることがあります。
また大きく2つのタイプに分類され、ウェットタイプ(滲出型)、ドライタイプ(非滲出型)と呼ばれます。ウェットタイプは特徴的な胸水や腹水が溜まるもので、胸水によって肺を圧迫して呼吸困難を起こしたり、腹囲膨満など見た目の変化が見られたりすることがあります。
一方ドライタイプは体の様々な臓器に肉芽腫と呼ばれるしこりを作ったり、神経症状や目の症状を引き起こしたりします。
このように、FIPの症状は非常に多岐にわたります。

診断は?
前述のように、FIPの症状は様々であるため、その診断は非常に難しいです。年齢や飼育環境、症状、各種検査の内容から総合的に判断します。胸水や腹水が溜まるウェットタイプは胸水腹水検査で特徴的な結果(細胞数が少ない高比重な滲出液)を示すため比較的診断がしやすく、胸水や腹水が見られないドライタイプは診断がつけづらいことが特徴です。
ドライタイプの診断では、肉芽腫を認める場合はこの細胞を針吸引しIDEXX社の検査センターに送り、遺伝子検査をすることでほぼ確定診断を導くことができます。

FIP治療薬としての新しい選択肢、モルヌピラビルについて
モルヌピラビルは、世界的パンデミックを引き起こした新型コロナウイルス感染症の原因ウイルス、SARS-CoV-2に効果を持つことが知られた人体薬です。モルヌピラビルは、ウイルスのRNA依存性RNAポリメラーゼに作用することにより、ウイルスRNAの配列に変化を起こし、これによってウイルスの増殖が阻害されます。
FIPの原因ウイルスもコロナウイルスによって引き起こされるため、このモルヌピラビルが注目され、長年猫とその飼い主を苦しめてきたFIPの治療薬としていくつかの動物病院で導入され始めています。

今までの治療やそれらとの違いは?
ある会社がライセンスを持つ試薬がFIPを完治させられると報告されましたが、これは治療薬として販売されませんでした。このライセンスのある試薬を中国の会社が無断で、非合法に、そして倫理的に大問題ですが別成分のサプリメントと偽り、治療サプリメントとして非常に高額で流通させる事態となりました。またさらに模倣品や擬似薬が出回りました。
(一個人の人として獣医師として倫理的に決して許すことができないと考えているため、あえてそれらの具体名を挙げることは避けます。)
これらに関しては、非常に大きな倫理面の問題と安全性への懸念もあるため当院では導入を見送っていました。
今回、モルヌピラビルは日本でも特例承認された人体用の正規の医薬品であること、また今までの薬よりはかなり安く使用できることから、取扱を始めました。

当院での使用例
当院ではドライ型1例、ウェット型1例に対してモルヌピラビルを使用しました。ドライ型は使用開始後1週間ほどでほとんど通常の状態まで戻り寛解し、その後再発はありません。ウェット型は当院初診時点ですぐにFIPと診断しモルヌピラビルの内服を開始しましたが、当院を受診するまでの経過が長く状態が悪かったこともあり残念ながら翌日に亡くなりました。

【-2023年9月17日追記-
その後さらにドライ型3例、ウェット型3例にモルヌピラビルを使用スタートし、5例の猫の症状は改善し、1例の猫は亡くなりました。やはり調子が悪くなってからの期間が長い場合、モルヌピラビルの効果が発揮されづらい傾向を感じています。】

【-2023年10月31日追記-
FIPのドライタイプの神経症状を発症した場合、モルヌピラビルの効果が出づらいのでは報告がありましたが、当院治療例でもその傾向を確認しています。そういった状況に対応できるようなモルヌピラビルの使用について検討・実施中です。】

【-2023年12月20日追記-
モルヌピラビルFIP治療例は現在16例を超えました。ドライタイプ、特に神経症状を呈する症例に関しては高用量のモルヌピラビルが必要である傾向を複数確認しています。また経過の長い重症例も救命できるように注射薬レムデシビルも導入しました。ただしレムデシビルは高額のため使用法は要相談となります。】

モルヌピラビル用いたFIP治療について当院の方針
FIPは疑っても確定診断しづらいことが多い病気です。また来院時の状態がすでに重篤であることも多い病気です。そのため当院では正確かつスピーディーな検査と診断が何より重要と考えています。モルヌピラビルについてはFIPの治療薬として認可のおりた動物用医薬品ではないということ、比較的新しい薬でその治療計画や副作用の問題など不明点が多く、治療法として確立されていないことなどの注意点をお話しした上で、その使用について飼い主様とよく相談して決めていきます。

最後に
モルヌピラビルの登場は、これまでの「高額だからFIP治療を諦める=死を待つ」という状況を、「モルヌピラビルでFIP治療にチャレンジする」という流れに変化させると言って過言ではないでしょう。
ただし、FIP(モルヌピラビル)治療を商売色を前面に出してWeb上で広告している動物病院のサイトも見かけるようになり、モルヌピラビルの乱用が懸念されます。
不明・不安点がありましたらお気軽にご相談ください。ただし、来院を前提としないお電話でのご相談はお受けすることはできませんのでご了承ください。

-2024年3月5日追記-
全国の動物病院にダイレクトメールが届いているようですが、当院にも届きました。
「FIP集患オンラインセミナー2024」
どこの業界にも何でも商売にしようとする動きはありますし、それら全て否定するつもりもありません。
このダイレクトメールは某大手の経営コンサルタント会社から送られてきましたが、人の(猫の)苦難や不幸を食い物にする姿勢には全く賛同できません。
このセミナーを参考に集客をしていると思われる動物病院のサイトを見ましたが、治療費が当院の3〜4倍の設定になっています。
保険診療ではなく自由診療の獣医療ですが、純粋なサービス業ではないはずの動物病院。獣医師諸氏のモラルについて改めて考えさせられる内容です。

追記 
2023年12月からFIP治療薬として注射薬レムデシビルの取り扱いをスタートしました。
これは当院で、飲み薬であるモルヌピラビルを用いたFIP治療では、経過の長い重症例の救命が難しかった例を2例経験したためです。
レムデシビルはFIP治療薬として高い治療効果が報告されている「GS-441524」のプロドラッグ(前駆物質が体内で代謝されGS-441524になる)です。
とても高額です。1日1回の注射をするとして、1回あたりの注射費用は1.5〜3万円ほどになります。(体重やFIPのタイプによって使用量に幅があります)
レムデシビルの投与は静脈もしくは皮下への投与、ドライタイプと神経症状や眼症状を呈するパターンには高用量が必要と報告されています。
レムデシビルもモルヌピラビル同様、ヒトコロナウイルス感染症に対する治療薬として承認された薬ですが、やはりFIP治療薬として認可があるわけではなく、用法用量も決まってはおらず、リスクに関してもまだ不明の状態です。(ただし、GS-441524やそれを模倣した非合法な中国由来の薬(サプリメント?)の使用歴から用法用量やリスクが予測されています)

アメリカ獣医内科専門医

2023年06月06日

こんにちは。院長です。

今年も早いもので間も無く1年の半分が終わりそうです。

まぁ、じきに9月も暮れになると、今度は「今年もあと3ヶ月か〜」と物憂い気持ちが募るのは毎年のルーティーン※となりつつあります。

※「ルーティーン」とカッコよく書くのは、中学生の娘の前で「ルーチン」と言ったら、「ルーチンって。草っ」と笑われたからです。
(注釈:「草」は、インターネットスラングで、笑→わら→wara→w→wwwwww(爆笑) となり、wの連続が草が生えたように見えることから、笑いのことを「草」と表現するようになったと言われています。)

TikTokを「チックトック」と読んで、若者に「草っ」と笑われたのも私だけでは無いはずです。
NTTを「エヌテーテー」と呼ぶ祖母を笑っていた子供時代の自分にお説教をしたいです。

 

さて、前回のブログで「専門医」のことを少し紹介しました。
認定医というのはその分野を極める上でのスタートラインに立っただけとも言えます。専門医はその分野の極みに到達した存在と言えます。

そんな専門医が当院にも来ているんです! 3ヶ月に1回ですが。

アメリカ獣医内科専門医の佐藤雅彦先生です。

彼との関係は、大学時代の親友です。よく一緒に飲んでました。
彼は大学時代からとても優秀で、当時から小動物臨床分野(要は犬猫の診療です)に興味を持ち、研鑽を積んでいました。
私とは大違いです笑
動物病院に就職後、東京大学の大学院に進み、アメリカに渡り、英語の世界で獣医内科専門医を取得する。これがいかに困難な道のりであるか想像に難くありません。

3ヶ月に1回、当院2階のセミナールームで、「最新のエビデンス(科学的証拠)」に基づいた獣医内科の講義をしてくれます。
友人なので質問し放題なのが良いところです。

すでに再発性膀胱炎や貧血などをテーマに講義をしてもらい、現時点で当院の膀胱炎や貧血に対するレベルは相当アップしています。きっと。

次回も楽しみです。愛知でも有数の高い獣医療レベルを実現し保つよう頑張ります。

余談ですが、当院の患者さんに「先生のブログ読んで来ました!」や「ブログ読んでます!」と言われることが結構ありまして、ありがとうございます。最近あんまり書いてなくてすみません。そしてこんな内容ですみません。ブログに人柄が出ていると言われることが褒められているのかは不明ですが(笑)、あんまり気取らずに書けたらいいなと思います。
あとは最近のやっていることは、診察室のモニターを全て壁掛けにしています。DIYで壁に穴を開けて取り付けています。第一診察室は31.5インチの液晶モニターにしてみる予定です。来院した方は各診察室のモニターを見てみてください。私の努力の跡が見えるかもしれません。笑

では、また。

動物病院よもやま話 その2「獣医さんの『専門』って?」

2023年01月27日

こんにちは。ブログの更新に勤しむ院長です。

今回は知られざる獣医さんの専門医・認定医の世界を紹介します。

飼い主さん:「院長は何の専門ですか?」

私:「・・・専門ありません」

たまに聞かれますが、本当の意味で「専門」を名乗れる獣医さんは日本にほとんどいません。そういう意味で日本の獣医さんの専門は概念が曖昧です。

①犬と猫の専門 とか、エキゾチックアニマルの専門 とか、産業動物(牛・豚・鶏)の専門 などの診ている動物で「専門」を言ったり、

②皮膚病の専門 とか、整形外科の専門 とか、歯科の専門などの、その先生が得意だったり力を入れて取り組んでいる分野を「専門」と言う場合があったり、

③獣医がん学会認定医、獣医皮膚科認定医、獣医循環器認定医などの、獣医の各診療科の団体が取得するための試験やセミナーなどをクリアしたした獣医さんが持っている『認定医・専門医』を「専門」と言う場合があります。

飼い主の皆さんが求める「専門」というのは③が近いのではないかと思います。でも認定医はあくまで認定医で、専門医とは別物です。

ちなみに例えば「猫専門病院」が猫の診断・治療に優れているかどうかは実はケースバイケースであり、「猫だけ診ている動物病院」なだけなことはあるあるです。

私はもちろん専門医ではありませんし、認定医でもありません。
理由は単純で、取得するのがものすごく大変(めんどくさい)だからです。維持するのも大変なものもあります。肩書きに興味がないっていうのもあります。
でも、がん認定医I種、皮膚科認定医、循環器認定医などを取得されている先生は本当に尊敬します。
取得するのが比較的容易な認定医もいくつかありますが、それを書くのは角が立つのでやめておきます(笑)

まぁ、このブログは前振りで、当院に「本当の意味での専門医」がアドバイザーとして就任しました。3ヶ月に1回の講習会も当院で開催してくれます。
次回ご紹介します!